「こんばんわーっ」
紅音〈あかね〉の屋敷のインターホンに向かい、早苗〈さなえ〉が元気よく声を上げた。
そしてしばらくして、紅音〈あかね〉が晴美〈はるみ〉と共に玄関から出てきた。一歩一歩と近付いてくる紅音の浴衣姿に、また柚希〈ゆずき〉の顔が赤くなった。
その柚希のわき腹を肘で殴り、早苗が意地悪そうに笑った。「げほっ、げほっ……早苗ちゃん、いきなりの攻撃は……」
「馬鹿柚希。見惚れる前に褒めなさいって、さっき言ったよね」
「そうなんだけど……」
「何? 何か不満でも?」
「ないですないです。その……紅音さん、こんばんは」
「こんばんは、柚希さん」
「あの、その……浴衣、とても似合ってます……」
「そ、そんな……柚希さん、恥ずかしいです……」
紅音がその場で真っ赤になった。
「紅音さん、やったね」
「むふふふふっ。お嬢様、これでまた一歩、野望に近付きましたよ」
「なんですか、晴美さんまで」
「むふふふふっ。浴衣美女に囲まれて、柚希さん、男冥利につきますね」
「ねえ師匠。折角だから私たち三人、撮ってもらえません?」
そう言って、早苗が柚希に手を出した。
「は、はい……」
柚希は観念した様子で、早苗にポケットカメラを手渡した。
「お願いしまーす」
紅音を呼び込み、柚希の隣に立たせると、早苗も反対側に立った。
晴美がポケットカメラを構え、ファインダーを覗き込む。「では参ります。お嬢様、ご発声を」
「あ、はい……1+1は?」
「にーっ!」
カシャ
「こんばんわーっ」 紅音〈あかね〉の屋敷のインターホンに向かい、早苗〈さなえ〉が元気よく声を上げた。 そしてしばらくして、紅音〈あかね〉が晴美〈はるみ〉と共に玄関から出てきた。 一歩一歩と近付いてくる紅音の浴衣姿に、また柚希〈ゆずき〉の顔が赤くなった。 その柚希のわき腹を肘で殴り、早苗が意地悪そうに笑った。「げほっ、げほっ……早苗ちゃん、いきなりの攻撃は……」「馬鹿柚希。見惚れる前に褒めなさいって、さっき言ったよね」「そうなんだけど……」「何? 何か不満でも?」「ないですないです。その……紅音さん、こんばんは」「こんばんは、柚希さん」「あの、その……浴衣、とても似合ってます……」「そ、そんな……柚希さん、恥ずかしいです……」 紅音がその場で真っ赤になった。「紅音さん、やったね」「むふふふふっ。お嬢様、これでまた一歩、野望に近付きましたよ」「なんですか、晴美さんまで」「むふふふふっ。浴衣美女に囲まれて、柚希さん、男冥利につきますね」「ねえ師匠。折角だから私たち三人、撮ってもらえません?」 そう言って、早苗が柚希に手を出した。「は、はい……」 柚希は観念した様子で、早苗にポケットカメラを手渡した。「お願いしまーす」 紅音を呼び込み、柚希の隣に立たせると、早苗も反対側に立った。 晴美がポケットカメラを構え、ファインダーを覗き込む。「では参ります。お嬢様、ご発声を」「あ、はい……1+1は?」「にーっ!」 カシャ
三人が待ちに待った、夏祭りの日がやってきた。 山の斜面の長い参道は、遠目に見ても華やかな灯りで彩られている。 祭りは18時から始まるが、紅音〈あかね〉の家には19時に行く約束をしていた。 それは紅音が早苗〈さなえ〉と柚希〈ゆずき〉に、少しでも二人だけの時間を過ごしてほしい、そう思っての配慮だった。 勿論そのことは伏せ、人混みに出る前に父の診察を受ける為と説明していた。 * * *「柚希―、準備出来たー?」 玄関から、早苗の陽気な声が聞こえる。 その声に、柚希は慌ててカメラバックを持ち、「今行くからー」 そう言って玄関に向かった。「あ……」 玄関を開けた柚希が、早苗の姿に言葉を失った。 赤を基調に彩られた浴衣姿の早苗は、これまで柚希が知っているどの早苗とも違う、艶やかな雰囲気を漂わせていた。 短い髪には簪が付けられていて、それが夕陽に反射して輝いていた。「……こんばんは、柚希」 早苗が恥ずかしそうにうつむく。「う、うん……こんばんは……」 いつも部屋では短パン姿で、それに比べたら露出度も遥かに少ない。それなのに今の早苗には、言い様のない色気と妖艶さがあった。「柚希、その……感想とか……言ってくれないの」「え……」「だーかーらー、感想よ、感想。女の子がこうしておめかししてるんだから、感想のひとつぐらい言うのが男の甲斐性でしょ」「あ、ご、ごめん、その……とっても綺麗だよ、早苗ちゃん」「ひゃんっ」 柚希の直球に、早苗は顔を真っ赤にして身をよじらせた。「も、もう……馬鹿柚希、あんたストレートす
「早苗〈さなえ〉さん、最近元気がないように見えます」「え? いきなりどうしたの」 浴衣を脱ぎ、いつものドレス姿に戻った紅音〈あかね〉が、ぼんやり頬杖をついている早苗にそう言った。 晴美〈はるみ〉はキッチンに戻っていた。「何か悩みごとでもあるのでしょうか」「どうして? 私ってば、いつも通りだと思うけど」「はい。確かに早苗さんはいつも元気で、明るく私と接してくれています。でも、最近の早苗さんは……うまく言えませんが、元気な振りをしていると言うか」「あはははははっ。紅音さん、そんなことないって。私は元気印の健康優良児、悩み知らずの能天気娘なんだから」「早苗さん」 紅音が顔を近付け、早苗の目をまっすぐ見つめた。「ちょ、ちょっと紅音さん……顔、近すぎるって……」「……早苗さん」「あか……」「私たち、お友達ですよね」「え……あ、はい……」「早苗さんが言ってくれました。私のことを友達だって。私、本当に嬉しかったんです。 友達って、どんな悩みも打ち明けあえる仲なんだって、そう本に書いてありました。私、早苗さんの力になりたいんです」「本……ね、ははっ」「私、いつも早苗さんや柚希〈ゆずき〉さんにご迷惑をかけています。そんな自分がもどかしくて……自分もお二人の力になりたい、そう思ってるんです。 早苗さん。私では早苗さんのお力になること、出来ないでしょうか」「そんなこと……そんなことないよ」 紅音が再び、早苗を見つめる。 そしてしばらくすると目を閉じ、早苗から離れて言った。「柚希さんのこと……ですね」
夏祭り前日。 柚希〈ゆずき〉と早苗〈さなえ〉は、紅音〈あかね〉の家に来ていた。 柚希は書斎で、明雄〈あきお〉と話をしている。 そして早苗は、紅音の部屋にいた。「では……参りますよ、早苗さん」 晴美〈はるみ〉の声がして、扉が開いた。「おおおっ! 紅音さん、やっぱ可愛いー!」 早苗が歓声を上げた。 紅音は明日、夏祭りに着ていく紺の浴衣を身に纏っていた。「さ、早苗さん……そんな、あんまり見ないでください……恥ずかしいです……」 紅音が頬を赤らめ、恥ずかしそうにうつむく。「いやいや、そのリアクションは柚希に取っとかないと。私相手にそれするのって、何か勿体無いから」 早苗が冷静に突っ込む。「でも……」「むふふふっ。お嬢様、これで準備は整いました。明日は柚希さんを、是非射止めてくださいませ」「ええっ? は、晴美さん、変なこと言わないでください」「……紅音さん」 早苗が静かに紅音の前に立ち、肩に手を乗せた。「私……今日ほど女に生まれたこと、後悔したことはないわ」「……それってどういう」「私の嫁になって!」「きゃっ」 勢いよく抱きついてきた早苗に、紅音が思わず声を漏らした。「もう、早苗さんまで……」「あはははっ。でも本当、紅音さん可愛いよ。柚希も明日、きっとそう思うよ」「柚希さんにこの姿を……」 紅音が改めてそう意識し、再び顔を染め上げた。「浴衣姿の美女二人、これで何も感じなかったらあの馬鹿、今度こそ本当にチョークスリーパーで落としてやるんだから」
夕食を終えた早苗〈さなえ〉が部屋で一人、膝を抱えていた。 自分の気持ちが整理出来ず、混乱し狼狽する。 そして知らぬ間に、涙が頬を伝っていた。「私ってば本当、最近よく泣くよね……」 柚希〈ゆずき〉への想いが自分の中に納まりきらず、いつ暴発するか分からないことが怖かった。 今日、山崎に対してその一端を垣間見てしまったが、早苗にとっての恐怖はそれではなかった。 柚希の笑顔を見たあの時。 紅音〈あかね〉に対する感情をはっきりと感じてしまった。 嫉妬。 紅音さんのことが好きだ。それは間違いない。 出来ればこれからも、ずっと友達でい続けたい、そう思っている。 そして紅音さんは自分と同じく、柚希に恋している。 しかし紅音さんは、私の柚希への想いを知って、自らの想いを封じようとした。 私の為に柚希と二度と会わない、そんな選択肢までも浮かべていた。 だけど私は、そんな紅音さんを叱った。 自分の想いを殺してどうする。一緒に頑張ろう、そう言って励ました。 その筈なのに。 今私は、紅音さんに対して「邪魔者」の様な思いさえ持っている。 矛盾だ。 いつから私は、こんな人間になってしまったんだろう。 柚希のことを諦めたら、元の私に戻れるんだろうか。 でも。 私はやっぱり、柚希のことが好きだ。 誰にも渡したくない。 あんな笑顔、私以外に向けてほしくない。 私だけを見ていてほしい。 それは私の、身勝手な欲求なんだろうか。 そしてきっと、柚希は紅音さんのことを……「早苗ちゃん?」 襖の向こうから、柚希の声がした。「お風呂上がったよ」「……」「早苗ちゃん…&hellip
「山崎……」 早苗〈さなえ〉が肩を震わせる。「柚希〈ゆずき〉が何をしたっていうのよ……あいつは……あいつはいつも周りを見て、周りの雰囲気を壊さないよう、そっと生きてるんだよ……こっちに来てからも、今までもずっと…… 柚希があんたに何かした? 何をしたって言うの? 何もしてないじゃない。それにあいつは……あいつは……」「小倉てめぇ……」「あいつはそれでも、殴られたことを誰にも言わず、一人で耐えてたんだよ? あんたに大怪我させられた時だって、誰にも言わないでくれって、私に言ったんだよ? それに……それに、あんたのことを憎んでないって言ったんだよ? そんな柚希を、抵抗もしない柚希を……あんたは滅茶苦茶にしたんだ! 弱虫はどっちだ! 泣き虫はどっちだ!」「小倉あああっ! てめぇよくもっ!」「屑はあんただっ!」 * * * 早苗は泣いていた。 世の理不尽に。 柚希の決意を嘲笑うように、何ひとつ変わっていない現実に。 その早苗の激情は、山崎を少なからず動揺させた。「お前ら、何をやってるんだ」 偶然通りがかった教師が、声をかけてきた。「どうした小倉。泣いてるのか」「ちっ……」「おい、待て山崎。お前、小倉に何かしたのか」「何もしてねえよ。そいつが勝手に泣き出しただけだ」 そう言って、山崎が大股で去っていく。「小倉、大丈夫なのか」「あ……はい、先生……すいません」「何かされ